私が住んでる町、大宮市

見沼田んぼから見た埼玉都心のビル群


御成街道に面した光徳寺  今日、大宮は人口45万を擁する埼玉の中心都市として整備が進み東京の北玄関口とも呼ばれるようになりました。
1  昔から東京の外郭都市として物質と人の供給を行い首都東京を側面から支えてきましたが、昨今は駅西口の再開発に伴い埼玉の業務核都市としてその位置づけが明確になりました。さらに「さいたまYOU・AND・I」プランの中で21世紀に向けて多くのプロジェクトが計画され、大きく変貌していくと思われます。あまり知られていない大宮の名所、史跡を御紹介します。
<深作と氷川神社とささら獅子舞>
 綾瀬の低地を見下ろす台地上におり、かつてはうっそうとした木々に囲まれた神々こい社でしたが、54年の松喰い虫による黒松の枯死被害等から境内が明るくなった錯覚を持ちます。社前を東西に結ぶ道は岩槻道で深作は古くから岩槻との付き合いが多い村でした。
 境内に合社されている諏訪社は古くは春岡小学校付近に祀られた社ですが明治41年、現在地へ移されています。
 諏訪神社の祭礼日には大宮市指定文化財とされている「深作ささら獅子舞」が行われます。昭和59年に17年ぶりに復活した祭りで舞が華麗で歯切れよいことが知られ見学者が多く、境内にあふれんばかりの人で賑わいます。(祭礼日8月27日)
<染谷花しょうぶ園> 染谷(そめや) 花しょうぶ園
 染谷の言い伝えに美女を見染めた村の男の話があり、地名の由来と言われています。
この地は見沼入江の奥まった所に位置するため作物・植木などの育成には不適な湿地帯でしたので花菖蒲を各地から集めて開園しました。
 見頃は6月中旬で園内8000m2に300種以上が咲き誇り連日遠来の人々で賑わう大宮の新名所です。
 その他に染谷遺跡群があり100件以上の住居跡が残っています。住居跡からバイガイ・カキ・ハマグリ・オキシジミなどの貝殻が発見されこの辺まで海進があったことがわかりました。
<尾島家のクマガイソウとイカワソウ>
 竹林に3000株を超えるクマガイソウが自生しており5月上旬まで鑑賞する人で毎日賑わっています。これも尾島さん御一家の竹林の保護のおかげです。
 クマガイソウの名は袋状に下がった花の形が鎌倉武士の熊谷次郎直実が背負った母衣に似ていることからきています。日本のラン科植物の中では最も大きなものです。
<光徳寺から膝子一里塚>
 光徳寺は私の両親のお墓のあるお寺です。(日光御成道際)
このお寺は戦国時代末に開かれ三代将軍徳川家光から13石の領地を得ており、朱印状が現存しています。日光社参に際しては休憩所にあてられ12代将軍家慶までつづきました。
またこれから150mで一里塚“樋の口橋”膝子塚と続きます。
以上一部の紹介しかできませんが、その他にまだまだたくさんの史跡、旧跡があります。ぜひ一度散歩かたがた来てみませんか。


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