| 隅田川 渡の雪 | 風流無くてなゝくせ 遠眼鏡 | |
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大観した風景の中に、数人の人物を配す。右上の紡錘形の朱印に場所の名を書いたこのタイプの風景画は、「摺物風名所絵」という異名を与えられている。雪の日の隅田川の渡しに立って、船を待つ女性達を描いている。宗理型のほっそりした美人が、雪の積もった蛇の目傘を差している。 |
北斎の錦絵で唯一の大判雲母摺の美人大首絵。婦人と娘が郊外の行楽の最中に、遠眼鏡を覗き込んでいる。「ななくせ」という表題から当初は7枚揃いの組み物だったと推定される。「可候画」の落款があり、北斎が享和年間に用いた画号、戯作号であるので、ほぼ同じ頃の作品と思われる。 |
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| 吉原妓楼の図 | ||||||||
| 吉原の楼閣の1階の様子を、遠近法を用いながら5枚続のワイド画面に描いたもの。座敷の奥には楼主が座り、神棚には唐獅子と達磨がかざってある。花魁や新造、禿たちが部屋を行き来している。火の用心の張り紙のある柱の側では、竈に火がおこされ料理人たちが食事の用意をしている。座敷の中央には、膳の用意をする女性たちの様子も描かれている。 | ||||||||
| 富嶽三十六景 神奈川沖浪裏 | 富嶽三十六景 山下白雨 | |
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富士山をテーマとし、様々な場所、角度から富士を描いたこのシリーズは、始め表題が示す通り36枚の揃物として刊行を予定されていたが、人気を呼んだため追加作品が刊行され、計46枚の揃物となった。主な線描が、藍で摺られているもの(正編)と、墨で摺られているグループとに分かれ、後者は俗に「裏富士」と呼ばれる追加出版である。巨大な波が、飛沫をあげ小舟に襲いかかろうとしている。波間に富士が遠く悠然とそびえている。北斎の代表作のひとつ。 |
山頂に雪を被った富士。快晴の山頂とは裏腹に中腹では、にわかに雲がわき起こり辺りが暗くなってゆく。稲妻の光が交錯する夏の富士の風景である。「凱風快晴」とともに富士だけを描いた作品で、そのスケールの大きさから、シリーズ中の三役の一つに数えられる。表題に見られるとおり、麓ではにわか雨が降っているに違いない。 |
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| 富嶽三十六景 相州七里浜 | 富嶽三十六景 甲州石班沢 | |
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人物を一人も配さず、藍摺で統一された画面である。入道雲がのぞいているが、富士には雪がかかっている。季節はハッキリしないが、清涼感のある画面になっている。 |
表題の「石班沢」は、石斑沢の誤刻で、現在の富士川にある鰍沢の急流に取材したものと考えられている。激しい水飛沫が岩に当たり、突き出た岩の上で漁師の親子が網を打っている。霞にけぶる裏富士が片側だけの稜線を見せている。網を打つ漁師を頂点に足場の岩、右にピンと張った数本の網とで、富士の相似形が作られている。 |
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| 富嶽三十六景 東海道江尻田子の浦略図 |
富嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見 |
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この図は、「田子の浦にかすみのふかく見ゆる哉もしほの煙立やそふらん」(大中臣能宣『拾遺和歌集』)と詠んだ和歌の当世風の見立絵となっている。前景の大きく描かれた二艘の船が、うねりのきつい海に浮かび、霞たなびく富士の麓の浜辺では、塩田の様子が鮮やかな緑を背景に描かれている。雪の残る富士が、美しい稜線を引き青い姿をみせており、清々しい画面になっている。 |
夕暮れ時、橋や舟、向こうの対岸はシルエットとなり、遠く富士が姿をのぞかせている。幕府の御厩があった浅草三好町一帯の隅田川沿いを御厩河岸といい、渡し船が往来していた。一日の終わり、渡し船がゆっくりと川を渡っていく。人物の多くは笠をかぶったり、後ろをむいており、船頭の後ろ向きの姿が、富士への視線を集める役目を果たしている。渡し船には、物売りや按摩師、鳥刺など様々な人々が乗り込んでいる。鳥刺の竿により、更に空間の奥行きを確かなものにしている。 |
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| 富嶽三十六景 尾州不二見原 | 富嶽三十六景 遠江山中 | |
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本図は、「桶屋の富士」と呼び親しまれている。中央に大きな丸い作りかけの桶を配し、中で桶作りに励む職人の作業風景を描いている。桶の丸い円の中に、小さな三角の富士の姿が見える。北斎は、同シリーズの中で幾何学的な形態の追求を行っており、こうした対比の面白さを存分に発揮した佳作である。 |
巨大な木材を切る木挽きたち。その木材を支える二本の柱の中から、雲のたなびく富士をのぞかせている。子供の焚く黒い煙が洋風に描かれ、上空へとたち登っていく。奇抜な構図を取りながらも、山村の日常の生活をも伝え、綿密に考えられた配置を行っている。類似の形態を繰り返し、また反復する形で配置することで、引き締まったおもしろい画面構成になっている。 |
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| 諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし |
諸国名橋奇覧 すほうの国きんたいはし |
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各地の橋をテーマに描いた揃物で、現在11枚が確認されている。行道山は、栃木県足利市の西北に位置する修験行道の山。山内には、小橋を結んで茶室の清心亭があり、本図中央に描かれている。白雲がたなびく奥深い山中のさまを描き出している。 |
山口県岩国市錦川にかかる錦帯橋は、日本三大奇橋のひとつとして有名である。北斎が実見して描いたとは考えられないが、雨中の錦帯橋を描き出している。錦帯橋は、藩主吉川広嘉の考案により4台の橋台の上に5つの美しいそり橋を連ねて構成された橋で、延宝元年(1673)に完成した。木と木の組み合わせによって支えられ、巻き金とかすがいの他は一本の釘も用いない特殊な構造で、技術的にも優れたものである。 |
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| 諸国瀧廻り 木曽海道小野ノ瀑布 |
諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝 |
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全8枚揃いの諸国の名瀑をテーマにした作品。落下する水の変容する様を、濃淡二色の藍と白で描き出している。直線的に勢い良く落下する水が、滝壷に水飛沫をあげているさまを北斎は、点描の飛沫で表現している。そばを通る旅人たちが、滝を見あげている。滝を斜めから見た構図をとっている。 |
義経の馬洗い伝説をもつ滝。画面中央に馬と馬を洗う二人の男を描きこんでいる。段々と曲がりくねって流れ落ちる滝のさまを描いている。コントラストの強い画面構成となっている。 |
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| 百物語 こはだ小平二 | 百物語 さらやしき | |
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表題の「百物語」は、江戸時代に流行した数人が夜中に集まり交代で怪談を語り、話が終わるごとに蝋燭の明かりを消していき、最後の蝋燭が消えると怪奇現象がおこるとされた遊びである。現在5枚の作品が確認されている。こはだ小平二は、山東京伝の『復讐奇談安積沼』(享和3年刊)と題する5巻5冊の読本に登場する江戸の役者で、後妻のお塚とその密夫太鼓打ちの安達左九郎によって安積沼に突き落とされて殺害されるが、小平二の亡霊に悩まされ左九郎はついに非業の死を遂げるという話である。髑髏となった小平二が、蚊帳に手をかけ中を覗き込んでいる。筋肉の細かい描写や赤黒い炎が不気味さを増している。 |
さらやしきは、番町皿屋敷のことで、番町の旗本の家の下女お菊が、家宝の皿を割ったために井戸に投げ込まれて殺され、それ以来「1枚、2枚」と皿を数える声が夜な夜な井戸から聞こえてくるという歌舞伎にも取り上げられた話である。本図は、朽ちた井戸からお菊の亡霊が、皿をろくろ首のように連ねた姿で現れたさまをおどろおどろしく、しかし、どこかユーモラスに描いている。 |
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